はりぼてタコのひとりごと

(旧)なめたらいかんぜよ!タコの毒吐きブログ

疲れたから、お酒を飲もう

生まれてから60年、母とは心のつながりが持てなかったけれど、父からはずっと精神的・心理的に虐待されてきたけれど、祖母にはほんとうには優しくできなかったけれど

 

それでも、非行に走ることなく、髪を染めることなく、薬物に手を出すこともなく、売春をすることもなく

義務教育を終え、都立高校を卒業し、私立の女子大へ行き、一部上場企業で15年間働いた

高校からOL時代までは、むしろ優等生だった

 

OLだった最後の数年は、躁鬱病で閉鎖病棟での入退院を繰り返した母を見舞い、急死する前、寛解時には、数か月一緒に暮らした

 

母が亡くなり、会社を辞め、ハワイへ語学留学し、専門学校に通い、そこで今のオットに出会い、アメリカ本土へ引っ越した

 

機能不全家庭で育っていなければ、多分オットとは結婚しなかっただろう

優しい人だが、日常の暮らしぶりの違いが大きすぎて、私が振り回される

20年以上一緒にいるのに、いまだに対処できない

 

子供の頃から、今に至るまで、いつも無意識に心も身体も緊張している

だから、今もリラックスする、という感覚がよくわからない

 

自分ではない、何か「もっとよい人間」になろうと、見られようとしていた

 

自己中心的で、冷酷で、批判的で、外面がいい

 

それでも、自分なりに、よかれと思ったことを、これまでやってきた

情緒不安定で、常に罪悪感や焦燥感がつきまとい、何をしても本当には楽しめなかったけれど、それにも関わらず、振り返ればいろんなところで、いろんなことをやってきた

私の人生、それでもう十分なのかもしれない

 

自己啓発の本も山のように読んだ

高いお金を出していろんなセラピーに言ったり、講座を受けたり

心療内科やカウンセリングに行ったり、スピリチャルに頼ったり

ペルーに伝わる魂を浄化するセレモニーに参加したり

超高額の心理学講座以外は、いろいろ試してきた

 

どれも中途半端なまま

 

母の病状が薬で上がったり下がったりするのを目の当たりにしたこともあって、精神科の薬は信じていない

 

結局は、無条件に愛してくれるのは、母親だけなんだと思う

大人になってからでは、しかも60年も生きてきた後では、誰も私の心の底に疼く痛みをわかってはくれない

私だって、たとえ友達でも、その人の気持ちをすべて理解するなんて無理なんだから、それは当然のことだと思う

 

やっぱり、自分の気持ちをわかってあげられるのは、自分しかいない、ってことか

 

こんなことの繰り返し もう疲れた

 

でも、自殺はできない

なら、お酒を飲もう