はりぼてタコのひとりごと

(旧)なめたらいかんぜよ!タコの毒吐きブログ

動けない、動きたくない

去年の8月初めから、突然、急降下し始めたメンタル

(初めてではなく、これで再再発・・・だと思う)

 

今回の不調のきっかけとして、具体的に思い当たることはあまりなくて

 

それまでの半年くらい、いろいろと予定を入れて動き過ぎて、心身ともにくたびれたのか

8月、9月と普段ならほとんど付き合いのないオットの親戚たちと会うことが続き、いつもなら使わない気を使ったからなのか

去年の秋から、かかわったカウンセラーと相性がよくないことがついにはっきりしたからなのか

 

なんかほんと動けない

若い頃は、不登校にもならず、引きこもりもせず、会社でも大方普通に働いていた私にも

ついに、最後の最後になって

 

動けない

動きたくない

何もしたくない

 

という時が巡ってきてしまったのか

 

 

 

あんたのせいだ

今、改めて感じていること

 

長いこと、私を精神的に苦しめてきたのは、父の言葉の暴力だと信じてきたけれど

実は、もっと深いところで、私の心を苛んでいたのは、母との関係だった

 

私には、子供時代の記憶があまりなく

母との記憶も数えるほどしか、思い出せない

そして、そのほとんどは、楽しい記憶ではなく、母が私に気づかなかったり

母が言ったことに突き放されたように感じて、怒りに震えたり

そんなのばかりだ

 

そうじゃない思い出は、小学校高学年の時、母とデパートへ行った帰りに

おぜんざいを食べたことくらい ついてきた塩昆布のことを覚えてる

それだって、楽しかったというよりも、ニュートラルだ

 

「ママ、大好き」と思った記憶がない

目覚めても家にいない母

おんぶされて、おしゃべりしたのも

近所の家のちゃぶ台にあったお漬物を、身を乗り出して私が食べた、と笑ったのも

寝る前にお話しをしてくれたのも

セーターを編んでくれたのも

浴衣を縫ってくれたのも

もっと大きくなってから、新聞に入ってきた洋服屋さんの広告を見ながら「どれがいい?」と遊んだのも

梅酒でかき氷をこしらえてくれたのも

門限に遅れて締め出された時、玄関の鍵を開けてくれたのも

全部、おばあちゃんだった

 

母よ、あんたはどこにいたんだ?

あんたは、私が祖母とあれこれやるのを、ただ遠巻きにしてみてただけなのか?

姑にはじめての子どもを取られて、ただ指をくわえていたのか?

そして、10年後に「そんなはずじゃなかった」のに、生まれてきたもうひとりの娘に

今度こそは姑に取られまい、とがんばったのか?

あんたにとって、私は、いったい何だったの?

 

どうして私は、不登校とか拒食症とか、引きこもりになれなかったんだろう

ぐちゃぐちゃな心の中を隠して、外では何事もなかったかのように振る舞い

家では、不機嫌な顔をして、冷たく、親を突き放して

真面目に中学、高校に通い、なぜ行くのか意味もわからぬまま、行きたいと思ってもいなかった大学も出て

何がしたいのかもわからぬまま、かろうじて受かった企業に就職し

はた目からみたら、上手く行っているように見えたはず

 

今になって、何もやる気がしない日々がやってきた

 

あんたのせいだ

わかってるの?

 

生きている間に、言ってやりたかった

 

 

 

 

幼い私が言えなかったこと

三つ子の魂、の幼い頃、私が感じていたのは

 

おばあちゃんじゃないっ!おばあちゃんじゃ、いやっ!

ママがいい!ママぁーっ!!

 

だったに違いない

 

母は勤めに出ている

毎日世話してくれるおばあちゃんを嫌い、拒否することは

小さな私にとっては、死を意味することだから

おばあちゃんへの嫌悪感は、感じる前に抑圧したんだと思う

無意識の中に

 

幼稚園くらいの時に、何が原因か憶えてないけれど

ものすごく怒った私は、駄々をこねながら、正座していたおばあちゃんの膝を、足で思いっきりダンダン蹴りつけ、その勢いで後ろに倒れたおばあちゃんは、柱のカドに頭をぶつけて、頭の皮膚が切れて血が出た

 

日頃から、毎日一緒にいるおばあちゃんが嫌だったから、あんなに蹴り飛ばしたんじゃないか

 

だとすれば、つじつまがあう

 

 

三つ子の魂百まで

このところずっと、日本から送ってもらった、精神分析家、木田恵子さんの著書を読んでいます

 

木田さんによると「三つ子の魂百まで」というのは、ほんとうのことで

「性格の形成は胎児の時代から始まる」

「3歳までに、基本の性格が形成される」

「心や性格は、そんなに簡単に変わりようがない」

「心が何かのきっかけでがらりと転換できるように考えるのは、心が目に見えないためにいだきがちな幻想にすぎません」 ーその時子供はどう思うか 139頁ー

 

「子供のことも自分のことも、その性格に即した生き方を考えてゆくのが、結局は有利だと私は考えています」 ー同上ー

 

とおっしゃっています

 

これを読むと、私はなんだかほっとします

 

というのも、これまで本やネットなどで、「性格を変える」とか「変わると決める」という言葉をあちこちで読んだり、聞いたりして

なんだかそれについてゆけない自分を感じていました

 

さらには、そうやって、自分の意志で決めて、どんどん変わっていける人がいるのに

私はちっとも変われない

がんばってるつもりだけど、結局、自分はダメなんだ

とがっかりしてきました

 

「胎児の頃から3歳までに、あるいは就学するまでに

無意識も含めて、できあがった性格のうち

悪いと思う部分を治そうと努力して、エネルギーを浪費するだけに終わり

治せない自分に絶望して落ち込むなら、かえって大きなマイナスになる」

ー同上ー

 

とおっしゃいます

 

ひとは、ひとりひとり違う

そのひとのよいところ、そのひとの持つ性質をのばしてゆくことを考えればよい

 

そう思うと、なんだか肩の荷が降りるような気がします

 

もっと早く、木田さんのことを知りたかったです

 

今、60を過ぎて、木田さんの温かな考えを知ったことで

私の今の現実が、どこかラクになれるんだろうか

 

 

 

 

木田恵子さん

どういう経緯だったか、すでに思い出せないのですが

精神分析家の木田恵子さんという人のことを知りました,

残念ながら、ずいぶん前に他界しておられます

今、ご存命だったら、102歳

 

これから自分を育て直すのだから、どうやったらいいのかわかるかもしれない

自分のために役に立つかどうかわからないけど

だめもとでも、ぜひ読んでみたい!

そう思って、アマゾンなどのネットで探しましたが

本そのものが古くて、ほとんどが中古本

値段が安いのは有難く

日本の友達に頼んで、彼女の所に配達してもらい、合計9冊、クロネコ便でこっちへ送ってもらいました

そのうちの一冊

読み始めて、納得することが山ほどあり

そうだったのか・・・と本を閉じて、自分の過去を振り返ることもあり

 

ただ、どうしても思ってしまうのが

ああ、やっぱり還暦すぎてからじゃ、もう遅すぎる・・・

 

不登校になった子どもや会社に行けなくなった引きこもりやうつの20代、30代、40代の人たちなら、まだまだ先があり

「育て直し」という言葉も、あてはまるでしょうが

 

60過ぎた、いわばおばあさんに片足突っ込んだ私が、今更「自分の育て直し」なんて

やっぱり無理なことなんだ

と思えてきます

 

このまま、鬱々としたまま、残りの日々を数えて暮らすのかな

いろんな意味で、「あきらめる」ことが必要なのかな

 

私がもっと若かった時に、木田さんに精神分析してもらいたかった

3年かかっても、お願いしたかった

でも、それはどんなに願っても、叶わないこと

ほんとにこれこそ、あきらめるしかないことで、木田さんとは何の接点も持ちえない

そんな思いを持ちながら、この「贈るこころ」の表紙を開いたら

なんと、木田さんご本人直筆の文字が、そこにありました

さらに、贈呈にあたってのご本人からのひと言が、一筆書きにしたためてあり

 

こんなこともあるんだ・・・と

 

 

 

 

オットのこと

私のオットは、10歳年下のハワイで生まれ育ったアメリカ人です

彼の父親は中国系アメリカ人、母親はインディアンの血も少し入った白人なので、いわゆるHapa(ハパ:白人とのハーフ)です

 

ハワイで専門学校に通っていた頃に、出会いました

父とはまったく逆の性格で、人を見下したり、偉そうにしたり、傲慢なところはひとつもありません

人として、私よりもはるかに優しく、よい人間だと思います

 

結婚してから知ったんですが、彼も私同様、というより、多分私よりも過酷な子供時代を過ごしてきました

類は友を呼ぶ、とはこのことなのか

なので、お互い、機能不全家庭で育った辛さがわかります

経験がないひとには、わからないことなので、これは有難い

そういう意味では、お互い(少なくとも私にとっては)他にはない、安全基地といえます

 

ところが、残念なことに、彼はホーダーでもあります

彼の車の中は、まるでゴミ箱

よほどのことがないと、私は彼の車には同乗しません

気分が悪くなるほど、汚いから

 

私たちは、ずいぶん前から、それぞれ自分の部屋を持って、そこで寝起きしています

彼が使っているマスターベッドルームも、汚部屋です

洗濯してない洋服、書類、空き箱、ゴミなどありとあらゆるものが、山積みになって部屋を埋め尽くしていて、足の踏み場もありません

これも見ると気分が悪くなるので、できるだけ彼の部屋には入らないようにしています

入る時は、足元に気を付けないと、妙なものを踏んで、こちらが怪我をしそうです

マスターベッドルーム専用のお風呂場とトイレは、何年も掃除しておらず、ひどい状態で、使っていません

私のバスルームを共用しています

かなりのサイズのウォーキングクロゼットもありますが、ここもぐちゃぐちゃ

 

こんなですから、私にとってオットの存在は、プラスであり、大きなマイナスでもあります

 

私が繰り返し、鬱状態に陥る理由のひとつは、ホーダーのオットと暮らしているからだと思います

これまでも、3回、離婚を前提に別居しましたが、いずれも、私がひとりで生計を立ててゆく覚悟が持てず、出戻ってきました

60歳を過ぎた今、もうあの頃のようなエネルギーはありません

ずいぶん前から、仕事もしていない今、私にとって離婚はもう現実的なオプションではありません

 

「日本に帰りたい」と思うこともありますが、父の他界後、父が住んでいたマンションは妹が相続し、すでに貸家になっています

妹とは、何年も前からゴタゴタがあり、疎遠になっています

なので、帰るところは、ありません

自分で見つけなければなりません・・・

そうなると敷居が高いです

 

 

私も彼も、両親はすでに他界し、兄弟妹や親戚とも疎遠です

いろいろ不満はあっても、お互いが唯一の家族なので

なんとか助け合ってやってゆきたいのですが・・・

 

ため息・・・

 

 

 

 

 

 

 

緊張を解消すること

アクセスログを見ると、1月8日のアクセスが一日だけ30近くあるのは、どうしてなんだろう?

ま、いいか・・・

 

メンタルが落ちてきて、鬱っぽくなると、きまってYouTubeでそれ関係の動画を見始める

というか、他のことをする気力も興味もなくなるので、ネットの前にずっと座っていることになり、その結果、今しんどい状況をよくする方法を探している

 

最近見つけた動画で、緊張をうまく解消できないといろいろ症状が出てくる、とあった

 

家庭とは、本来は休むところ・・・なんだと

目からウロコだ

私にとって、育った家は心が休まるところではなかった

かろうじて、自分の部屋だけは、自分が落ち着くようにはしてたけど

(自分の部屋を与えてもらえたのは、恵まれていたんだと思うけど)

でも、緊張感はいつも心と身体のどこかにあった気がする

どこかが張りつめた感じ

「ゆったりとリラックスする」という言葉は、私の辞書にはなかった(今もほぼない)

 

この張りつめた感じ、いつもどこかで警戒心を緩められない感じ

これは、未だに続いている気がする

とても疲れる

 

 

生きるうえで、緊張は必要だけど、それを解消するすべも必要で

緊張を解消できないことから、いろんな心身の問題が生まれてくる

なんかすごく納得できる

 

私が、ホッとするのはどんな時・・・?

楽しいな、と感じるのはどんな時・・・?

 

 

今、この質問を自分にしても、サッと答えが出てこない