父の血 その9ー老いらくの恋
父の 老いらくの恋 は、私には、まあそれもいいか、と思えた
その頃には、物理的にも精神的にも感情的にも、父からずいぶん距離を置いていたせいだろう
恋のお相手、ヘルパーのKさんは、小太りで、大きな声で、おしゃべり好きな、ひと言で言えば、悪気のないおせっかいおばさんだ
父のところに、ヘルパーとして週に何度か来るようになって、まだたいしてたっていないのに、妹の次男の学芸会があると知ると
「わたしも一緒について行って、見に行っちゃおうかしら~」
などと、誘われもしないのに言った、と妹から聞いて、厚かましいひとだと思った
好感が持てなかった
父の名前をアップリケした敷物や、ランチョンマットなんかを幾つも手作りして、プレゼントするらしく
たまに里帰りすると、そういうものがテーブルの上や、洗面所の足元にあった
彼女は、父が東大出であるのを知ってか知らずか、
「○○さんは、頭がいいから、お話してて、とっても楽しいの」と満面の笑みで言う
ヘルパーKは、母とはまったく違う性格の持ち主だった
大きな声でどんどん仕切って、笑顔で押していく
そうされて、父もまんざらではないように、全部ではないが、そこそこ従っていく
そういう様子を見ると、母がこういうタイプだったら、ふたりの結婚生活はずいぶん違ったものになっただろうな、と思わされた
ヘルパーKには、ほぼ寝たきりのご主人がいた
ご主人の世話は、ヘルパーに任せて、自分は他の人のヘルパーをやっていた
そのほうが、精神衛生上いい、というようなことだった
それはわかる気がした
本来は、ヘルパーは自分が世話をする人と個人的な関係になってはいけないはずだ
が、双方とも、そんなことはおかまいなしだ
まだ元気で動けた父は、彼女を食事に連れて行ったり、花見に行ったりしていたようだ
ある時期から、彼女との関係を父自ら「不倫だ」などと言うので、かえっておかしかった
勤めていた会社の保養所へ、Kとふたりで泊まりがけで行くために、申し込み用紙の記入を妹に頼み(父は字が極端に下手である)、その下書きの同行者欄に書いた彼女のことを「妻」と書いて、妹を激怒させた
そんなこんなはあっても、世田谷に住んで日の浅い妹と父にとって、世田谷生まれ世田谷育ち、今も世田谷に住むヘルパーKは、いろいろな意味で、父妹にとって、役に立つ、ありがたい存在だったんだろう