父の血 その8
母が急死した後もしばらく、父は関西の冷蔵会社の役員を務めた
一部上場の水産会社からやってきたお飾りのようなもので、仕事らしい仕事もなかったらしい
母が亡くなり、そこを退職するまでの数か月の間に、父は派手な健康問題を起こした
ある日の夕方、帰りの通勤電車の中で、急に猛烈な鼻血が止まらなくなり、救急車で大阪駅近くの病院に搬送された
原因と病状が何だったのか、もう忘れてしまったが
知らせを受けて、私はすぐ大阪に駆け付けた
病院に父を見舞い、駅前のビジネスホテルに泊まった
その時に、鼠径部から器具をいれて処置をするステント、というのをやったはずだ
その手術の時は、私は病院には行かなかった
父は普段からいびきがひどかった
一緒の部屋で、よく母は眠れるもんだと思った
よって、入院中、相部屋の患者から、父のいびきがうるさくて眠れない、と苦情が出た
個室に移ってもらえないか、という病院からの打診に対する父の返事は
「何で俺が余分な金を払って、個室へ移る必要があるんだ」
「文句があるなら、そっちが移ればいいじゃないか」
だった
個室に移ったのか、そのまま相部屋でいびきをかき続けたのか、憶えていない
男やもめになり、猫とふたりで、一軒家に住む父を救ったのは、高知に住むおばだった
血液の難病に罹り、薬のせいでムーンフェイスになったりしたおばだったが、すでに退院して高知の自宅に戻っていた
料理が得意なおばは、煮物や刺身をクール宅急便で、川西に住む父に送り続けた
おばがいなかったら、カップラーメンでも食べたんだろうか
いつも思うが、父は不思議なことに、女運がよかったと思う
結婚したのが、どんな暴言を吐いても、自分のそばを離れない妻
その妻が亡くなった後も、いろんな女性が父の周りで世話を焼いた
まずは、上にも書いた高知に住むおばともうひとり伯母
長年の部下の奥さんは、料理上手で気配りもでき、父が東京に戻ってからは、折にふれて手料理を振るまったり、持たせたりしてくれた
このご夫婦が父の本性を見たために、さりげなく距離を置き始めると
今度は、ヘルパーの女性が現れた
厚かましいこのヘルパーの女性に、私は最初から好感が持てなかったが
父と彼女は、まるで高校生のカップルのように、親密になっていった
老いらくの恋 である