鮨の順番
戦争中に少年時代を過ごし、飛行機乗りになりたいと思い、食べるものも満足にないなか育った父は、食べることが好きだった
戦争中、カボチャばかり食べさせられたから、もうカボチャはいらんと言っていた
長崎、広島、伊丹と引っ越した先々で、お客があると当地の名物やら美味しいものを食べに行った
「旨いものを食わせる」ことが、父にとっての最大のもてなしであり、愛情表現だったと思う
だが、大金をはたいて、喜ばせたいはずの相手の気持ちには、いっさいおかまいなし、というよりも、人の気持ちというものが、恐ろしいほどにわからない男だった
海外在住も長くなった頃、里帰りした時に「鮨を食いに行こう」という父と一緒に、気はすすまないながらも、築地のすしざんまいへ行った
カウンター席に並んで座り、運ばれてきた生ビールのジョッキを前に
「好きなものを頼めよ」と私に言い、父は慣れた様子でネタを板前さんに注文した
カウンターで鮨なんて、めったに行かない私は、どれから注文すればいいか迷いつつ
ちょっと緊張しながら、いくつか頼んだ
話もほとんどせず、注文しながら食べるうち、父が
「そんな順番で食うもんじゃない」ときた
「え?どんな順番で食べるのよ?」と聞き返すと
「そんなことは、俺に聞くもんじゃないっ」
「人が食うのをみてりゃわかるだろうっ」と私を叱りつける
カチーンと来たし、ムカついた
鮨屋のカウンターに座って、どういう順番でネタを注文するのかなんて、誰も教えてくれたことないし、だいたいそんなにしょっちゅうカウンターで鮨を食べることなんてない!
なんで、こんな嫌みなことを言われながら、この父親と並んで鮨をたべなきゃいけないのか、わからなかった
すでに、鮨の味なんてわからないほど、腹が立っていた
こんなこと言われながらご馳走してもらったって、美味しくもなければ、有難くもない
こんなんなら、自分で払って美味しく食べたほうがよっぽどましだ
父のおごりでふたりで鮨を食べに来るのは、これで最後にしようと決めた
私が怒りに震えるようにして、先に立って店を出ると
いつものように、父は私の機嫌を直そうとしてくる
「コーヒーを飲んでいこう」
私は行きたくなかった、が、言い始めるとこの男は後へは引きさがらない
下手をすると、公衆の面前で大声で叫びだしかねない人間だ
そんなのに巻き込まれたくない
氷のように固い表情のまま、ほとんど何も話さず、コーヒーを飲み、別れた
喫茶店で黙りこくった私に向かって、父は言った
「お前と俺は、ほんとうに合わないな」
合うわけがないと思った