凍った湖
社会人になって、仕事や飲み会などで家にいる時間が減った
職場では一所懸命仕事をすれば、上司がほめてくれるし、取引先の人たちとのやり取りも楽しかった
きちんとやれば、ちゃんと評価される
これまで家で経験してきたような理不尽さは、まったくない
うれしかった
家の嫌なことも遠のいたようで
「あんなに子供時代は大変だったのに、大人になってなんともないなんて不思議」
と思った記憶がある
もちろん何ともない訳はなかったが、その時はまだ気づいていなかった
会社の清掃や茶碗洗いなどの雑用をしてくれてたおばさんのひとりが
腰かけ3年をはるかに過ぎても、いつまでも嫁に行かずに働いている私に
「うちの親戚に体が不自由だけど、いろんなことがわかる人がいるから、あなたの結婚のこととか、尋ねてあげようか?」
といわれて、お願いしたんだろう
返事を持ってきた彼女は、ちょっと深刻な表情で私に言った
「お父さんは、異常なひとですね、って言ってたけど、ほんと?」
仕事や残業、お客の接待や飲み会で、父といる時間が以前と比べてかなり減っていたせいか
ああ、確かにそうかもしれないなぁ
と昔の思い出を手繰り寄せるように、思った
そして、私のことは
「あなたは、凍った湖のよう」
そう言われて、ええっ、と思った
背中に冷水を浴びせられたようだった
でも、確かにその通りだった
生まれた時は、美しい雑木林に囲まれた、小さくて透き通った湖だったろう
それが、時を経て、悲しみ、怒り、心に壁を作り、閉ざし
冷たく凍りついた湖になった
落葉し、樹氷に覆われた木々と凍りついた湖は、それなりに美しかっただろう
でも、触ると刺すように冷たいその湖は、人を寄せつけない
私は、氷のプリンセスだった